スープの話

お見舞いに持参して喜ばれること一度ならずですが、昨年の夏、スープをお届けしてとても感動したことがありました。永年、鎌倉婦人子供会館の運営に貢献された先輩がいらっしゃいました。80 歳で引退された後、これからはご自分の好きな科学や宇宙の勉強をなさると張り切っていらしたのに、とつぜん病魔に襲われた由。私が妹とご自宅にスープを持ってお見舞いに伺ったときは、もうほとんどお分かりにならないご様子でした。

後日お嬢様から封書のお手紙が届きました。「翌朝、頂いたコンソメをスポンジに浸して舌の上にのせましたら、目を見開き明らかに反応をしめしました。お昼にはトマトスープを『これは糠澤先生がお母さんのために作って下さったのよ』と声をかけながら舌に置くと、何日もなかった大きな大きな笑顔を見せてくれました。うれしくて、二度三度と舌にのせるとその都度笑ってくれました。極上のスープで母の笑顔を私たちに見せて頂き、家族全員感謝の気持ちでいっぱいです。美味しいものに触れて、少しでも生きることへの執着を取り戻してくれたのだとしたら、これほどの良薬はありません」

残念ながらその後亡くなられてしまいましたが、もっと早くお届けすれば良かったと臍を噛んだ次第です。しかし、料理が持つ力のようなものを改めて感じ、まことに作り手冥利に尽きるエピソードとなりました。在りし日の先輩に思いを馳せつつ、原稿を書きながらお嬢様の手紙を読み返して涙が止まりません。